心身に溜まった世の中の嫌な毒をデトックスしましょう。


by jinsei-detox
 すごい猫がいたものです。朝、愛犬インディの散歩をしていると草むらから一匹の猫が現れて攻撃の
体制をとり、僕らを威嚇してきたのです。インディ君は慌てて近くの下水にお尻から落ちてしまうくらいでした。
ふつうの猫なら僕がシッと脅せば、悔しながらも引き上げるのがふつうです。ところがこの猫はやくざなんです。
  なんと向かってくるのです!僕が思わず身を引きかけるほど、ガンをつけてじりじりと迫ってくるのです。
そのふてぶてしさに思わず、おまえ猫だろ?って訊きたくなりました。僕らが引かないとこれは相手にやられてしまうと判断せざるを得なかったのです。いやああんな猫初めて見ました。きっと喧嘩をしたら家のインディはやられたでしょう。いい度胸をしています。とにかく向かってくるのですから。
 これからは棒か石でももっていないと危険なことが起きそうです。集団自衛権というより、防衛力を強化
しないといけないようです。
[PR]
# by jinsei-detox | 2014-10-16 20:32 | 日常

御嶽山が怒っている

 世間はいまこのときとばかりに朝日新聞を批判し、反省を迫っているのだが、おそらくマスコミそのものが隔靴掻痒という面は否めないようだ。朝日新聞はなにしろ正義の味方だったのだ。高校野球を牛耳り、文化を先導し、政治を反日し、とにかくスーパエリートだったのだ。僕も頭がよければきっと大学時代に入社希望をしていただろうな。入社してどこか部の記者になり正義のために執筆していただろう。とにかく反権力を表現したら正義なのだ。
反権力は反国家であり、反日なのである。冷戦も終焉し、世の中がより複雑化したにもかかわらず反国家なのだからなにも見えていないと同じなのである。
 イスラム国に対しての洞察を拝聴したいものだ。これは冗談で言っているわけではなく、どういう世界の読み方をしているのか知りたいと思うのだ。しかし、朝日新聞を購入するのがしゃくに障るので、タイミングよく読むことは難しいようだ。
 
 大相撲を久しぶりにわくわくして観た。凄いねあのモンゴルの怪力力士、なんていったけ、そうそう、いちのじょうとかいったぞ。192センチ199キロ。強いのなんのって昔来電という相撲取りがいたが、あんな感じだったんじゃないかな。(見てきたような嘘を言う)とにかくこれからの相撲が楽しみになったのは間違いない。やはり芸能はスターが生まれないと面白くないのだな。
御嶽山が怒っている。大勢の人が犠牲になってしまったが、怒るのは無理もない。
[PR]
# by jinsei-detox | 2014-09-29 19:52 | 文化
 もう9月も半ばを過ぎました。朝晩は過ごしやすくなったというより、少し肌寒いような感じです。なんだかいつもの夏より早く来ている来ているみたい。なんとなく寂しいですね。
 最近とにかくむかむかしていることがあります。朝日新聞の態度です。昔から僕は朝日新聞などを含める新聞の記事など信用していなかったけど、例の「原発の取材」「従軍慰安婦」の記事を訂正するかに見せて、自己保身に長けるその嘘寒い処世術には呆れかえってしまうのだった。
 とにかく反日というより反政府、反国家という旗頭をあげることが幼児的な根拠になっている。それだけならまだしも彼らの正義感というものを徹底的に検証するという知的な頭脳がないようなのだ。あるのは平和という名の下に集まる利権を食いあさっているえげつない社風があるのみだ。
 あんな新聞社は解体したほうがいいのだ。読売、毎日、産経だって五〇歩百歩だろう。
 戦争を賛歌していたくせに敗戦と同時に反日に代わる身の速さは天下一品。こうい新聞社のもとで書かれる記事に多くの国民が正義感を募らせるより所だと思っていたのだからふーっつだよな。
 朝日新聞で働いているヒトは今頃どんな風に感じているんだろうな……
[PR]
# by jinsei-detox | 2014-09-11 20:25 | 社会
このところビールなどアルコールの飲みすぎだなと自覚する気持ちがあった。その矢先のことだった。いつか感じたあの感覚
足首のねん挫のような痛みが生じた。そのまま仕事先の人々とゴルフを若干の足を引きづりながらもプレイを続けたのだった。
帰りの新幹線、東京駅について歩くに歩けない痛みに襲われてしまった。
いわゆる痛風である。連れの人も心配そうに声をかけてくれるが、歩行するのがこんなに辛いことなのかといった
苦しみだった。幸い翌日は休みだったので会社に行かなくても済んだが、病院はやっていない。家中の薬箱を
探し、ようやくロキソニンをみつけ飲んだのだがほんとうに痛風とはいやはや大変な代物なのだ。
翌日かかりつけのクリニックに行ってボレンタールという薬をもらい、なんとか痛みを抑えたのだったが、尿酸値を下げることに
専念しなければと思ったのだ。なんということはないアルコールを控えることだ。あとはプリンタイの多いたべものを少なくすること。
それにしても人間の体の凄さを改めて知った。生命が生きるためにはそれなりのメカニズムに従って、体のそれぞれは健気にも一生懸命働いているのだ。
尿酸値が7mm/dlを超えると、血液中の尿酸が消化しきれなくなり、間節に尿酸の結晶が沈着していき、それが次第に積り、ある日突然
はがれて血液中にその結晶があふれ、白血球がそれを侵入異物とみなし、攻撃をするのだ。自分の体を守るために白血球が活躍する際の
痛みなのだ。頑張れ白血球と言いたいところだが、体の持ち主はその痛みに死に物狂いで堪えなければならないのだ。
体のなかは昔から集団的自衛権を行使しているのだ。
そして今朝はお薬のおかげでようやく痛みもなく歩けるようになってきている。
いつまでビールを飲むのを我慢できるだろうかともうあの痛みを忘れて、ふてぶてしくも思っているのだ。

[PR]
# by jinsei-detox | 2014-08-06 07:05 | 健康
ディズニー映画「マレフィセント」を観た。「眠れる森の美女」を下敷きにした物語で予告編も面白そうだったからだ。
最近ディズニー映画といえば「アナと雪の女王」を飛行機の中で観て、こういう映画が200万人動員するのかとため息をついたことがあったので、さてこのディズニーはと興味深々と言ったところだった。
 従来よく観るバレエ「眠れる森の美女」はチャイコフスキーの優れた音楽で、王子様のキスで100年の眠りから蘇る愛の物語ということなのだが
「マレフィセント」を観て、なるほどそうだよなと確信したものがあった。
というのもどのバレエを観てもなぜオーロラ姫の誕生パーティで招待されなかったカラボスという魔女があんなに怒り
オーロラ姫の16歳の誕生日に紡ぎの針にささり100年の眠りにつく呪いを掛ける必要があるのか、いまひとつピンと来るものが
なかったのだった。たかだが招待状をもらわなかったぐらいで、そこまで怒る?ってね。
カラボスつまりあの映画ではマレフィセントなんだけど、彼女の怒りの原因はオーロラ姫の親父に騙された恨みがあったのだ。
つまり男に騙された女の復讐ということがわかった。つまり16歳という歳は少女が女に変わる年齢でもあり、恋をはじめる年頃だということを知っていたからだ。
 このマレフィセントをジョアンナ・ジョリーが演じているのだが、彼女の孤独な
感じがとてもよく描かれていた。
この映画もそうだったのだが、この物語の面白いところはお姫様と王子様の永遠の愛を描いていないところなのだ。確かに王子様が現れて眠っているオーロラ姫にキスをするのだが、その愛の威力は通じなかったのだ。
 考えてみれば一目ぼれというのは確かにあるのだろうが、真実の愛というコンセプトに適うかとなると、首をかしげざることもあることはリアルに納得できることだ。

オーロラ姫を救うのはなんと呪いを掛けた本人、マレフィセントだったというのがこの物語の新しさであり、納得できる話になっている。
「アナユキ」もそうだったが、このところのディズニー映画はお姫様と王子様の愛を描かなくなっている。それが現代の共感する物語なのだろうか。

 もうディズニー映画は子どもが観る映画というコンセプトでは作らないのかもしれないね。それにしても古い物語(神話も含む)というのはいろいろな人間のドラマが樹木の根っこのように土中に張り巡らされていることなんだと改めて感じたね。「白雪姫」「シンデレラ」「赤ずきん」などをさまざまにリメイクできそうだ。
[PR]
# by jinsei-detox | 2014-07-28 22:31 | 文化
ワールドカップが始まっている。ご存じのように日本はコートジボワールに負け、ギリシャと引き分けになり
ほとんど決勝リーグに行くのは絶望的なところにきている。
 朝方実況があり、多くの日本人が2戦とも見ており、ため息だらけの朝になっていた。
それにしても不思議なのは、なぜ日本人はあの負け方に腹を立てて怒りまくらないのだろうか?
ブラジルまでいったサポータたちはなぜ怒りを爆発させないのだろうか?高いお金と時間を費やしていったのになんだこのざまは!と怒ってもいいんじゃないのか)スタジアムのゴミ拾いで世界から称賛されたようだけど、それはそれですごいことだと思うけど、仕方ないよな、次は頑張れよというような声が
ほとんどのようだ。
 この現象がどうも腑に落ちないのだ。そこまで日本人は大人になってきたのか、それとも日本人全体が悟り世代のようになり済ますことになったのだろうか。あるいはマザーシップというか母性型な国民性になったのだろうか。
 試合ぶりを見てみても、素人ながらどうも迫力のない、つまらない展開だった。なにか本能的な動きというか
神がかったやつが一人もいないというのがいないのだ。
 国が高齢化社会に突入するにあたって、若い人たちもそれにならって、なにかおとなしくなってきているのだろうか……
[PR]
# by jinsei-detox | 2014-06-21 16:51 | 社会
 土曜日に3泊4日の強行的スケジュールでフィリピンへの取材を行ってきました。ココナツオイルの取材でセントトマス大学のクリスティーナ教授ら3人にインタビューです。僕は英語ができないので通訳付きです。
それにしても比国というのは英語が公用語になっていてどんな人でもだいたい喋るんですね。
僕は英語で何かを喋ろうとすると頭の中が幼児レベルにダウンしてしまうので本当に情けない思いをいつも
しているのです。
 まあそれはそうと、マニラの街にはほとんど老人というものを見なかったけど、訊いたらなんでも平均年齢が25、6歳だとか!ほんとうに若い人だらけなんで驚いたのなんの。
 東南アジアは多くの国がそのようだとか。まったく日本の超高齢化がいよいよ恐ろしい問題になってきます。
高齢化で頭がボケるだけでなく、今の日本の状態もそんな風な状態になりつつあるのではないでしょうか。
フィリピン人の看護師を受け入れる制度をあえて難しい問題を作り、入れさせないようにする看護協会だとか、集団自衛権でまだ平和ぼけの状態から抜け出せないマスコミや野党政党とか…いやほんとうに日本の国はこの先どうなっていくのでしょうか。
 韓国も中国もフィリピンからいいとこ取りをしっかりとしていって、日本人はいつまでも技術大国のような気になっているだけみたいです。
 最初に英語の話をしましたが、実は英語を話せないビジネスマンは商社マンは別にして、どうやら日本人だけみたいで、これは日本の英語教育がほんとうにまずいということなんです。
いまは小学校から英語の時間が作られたようですが、英語を話せない先生が教師では本気ではないということでしょう。
 まあかように日本のあらゆる制度が保身しか考えない官僚と政治家たちが誤魔化しだらけの政策でいたずらに朽ちていくだけなのでしょう。
[PR]
# by jinsei-detox | 2014-06-16 23:27 | 社会
今日で4月も終わりです。残酷な四月よと謳ったのはたしかエリオットだったけ?
韓国で起きた客船沈没事故のニュースを聞くたびに、胸が痛くなる。高校生たちの船内放送を健気に守って
沈んでいく様子が報道されている。自分の子どもだったらどんなに胸をかきむしられるような
苦しみを思うだろう。僕は最近の韓国に関してはほんとうになんという國だと蔑視していたが、これだけは
そんな気になれない。
それにしても船員たちの無責任を絵にしたような行動をなんと言えばいいのか。
韓国にはシーマンシップの精神がまったく育っていなかったのだろうか。
これだけはいえるが日本は海軍魂が脈々と流れていて、あのようなことは絶対起こらないと信じるのだが…シーマンシップとは英国海軍が育て、その精神が各国の海軍に波及していったものなのだ。
韓国の海軍は戦後の出来上がったもので、そのような精神が醸成がなされなかったのだろうか?
それにしても酷すぎる。韓国の国民が怒り心頭にくるのも無理はない。
北朝鮮との緊張状態にあるあの隣国があの無様な緊急管理能力のなさを見せてしまうことが信じられない。
翻って我が国の防災に備える準備や心構えはどうなっているのだろう。
福島の原発の現在を思えば、日本も同じように役人たちの都合でことが進んでいるようにしか見えない。
ほんとうに国民などの生命はどうでもいいような政治体制が続いている。

死んでいった韓国の子どもたちの冥福をお祈りします。
思えば思うほど悔しさが増してくる。
[PR]
# by jinsei-detox | 2014-04-30 19:03 | 社会
佐村河内守氏のとんだ活躍で世間が騒いでいる。というのももうすでにご存知であろうが、独学で音楽を学んだ全聾の天才作曲家と謳われた彼の曲がまったくゴーストライターの作品だったというのだ。詳しく言うと桐朋学園大学の講師を勤める現代音楽作曲家・新垣隆氏の手で書かれたものだったという。
実を言うと僕は佐村河内氏の作曲した「広島」という曲をCDで購入して聴いたことがある。クラッシク音楽は息子の影響で僕もよく聴くように
なり、読売新聞でベートベン以来の作曲家と彼を紹介したコラムがあったからだった。
聴いたときの感想は正直言ってなんだかいろんな曲の真似をして組み立てたような音楽でやや大げさなメロディーがなんとも大時代的なもので僕は一回聴いたきりでもう一度という気にはなれなかった。クラッシクファンの息子も肩を竦めて大したことないねと感想を漏らした。
でも彼がNHKに取り上げられたり、その映像をちらっと見たときはうわあー変な奴と思ったくらいだった。
あれは五〇年くらい前の感性だなとも思ったものだ。でも世間は全聾の音楽ということで価値を見いだしたんだろうと考えた。

でなにが言いたいかというと読売新聞のコラムを書いた音楽家もNHKの演出家も音楽関係者も、みんな騙されたんです。
でもすごく良い曲だって言ってたわけだから、いいじゃないですか。褒めそやした方が恥ずかしいのになんで彼を全否定しようとするんでしょう。誰に彼は迷惑をかけたんですか。自分らで引っかかってあいつのせいにするなんてまったくおかしなことですよ。
あいつは俺を騙したけどあの曲は素晴らしかったって言う評価がどうして出てこないのだろう!まさか全聾だったから評価したとでもいうのだろうか!ああ恥ずかしい。


[PR]
# by jinsei-detox | 2014-03-10 18:13 | 社会
最近アルツハイマー・認知症についていろいろ調べることがあった。認知症八〇〇万人の時代になったと言われる。
健康状態は別にして人間の寿命が長くなってきたからだ。長生きは人類の夢であった。
しかし、長生きの代償が認知症ということなら、これは悲劇か喜劇か。

そんな関心もあってか深沢七郎の「姥捨山考」が読みたくなってきたのだった。日本の姥捨て伝説に題材をとった小説だ。
学生時代に読んだ記憶があるが、そのすごさはよく感じられなかった。ところが今読み返してみるとこれは小説というより
厳かな神話だと思った。甲州の山奥の貧しい村の農民の話で、主人公のおりんという老女が共同体の掟に従って
姥捨て山に倅に背負われていくのだが、この情景が美しいというか感動的なのだ。思わず涙腺が緩んでしまったほどだ。
おりんばあさんはたぶん60を超えたぐらいの歳ではなかったか。歯が丈夫で自分で石で砕くのだ。
無口ながらの倅の行動、孫の動物的な行動など、当時の貧しい村の中で人間が生きていくために為さねばならないことを
宿命として受け入れるその愛しさというか倫理の美しさに感動するのである。もちろん生にしがみついて人間的にこの宿命を
逃れようとする老人もいるのである。しかしおりんはまるで祝祭劇の主人公のように山に横たわりたいと思うのだ。
 
特別養老ホームで認知症でひとから介助食を食べせてもらって、漫然と生きながらえている老人たちになんの幸福感が
あるのだろうか。僕が八〇歳を過ぎたらどのような姿で生きながらえているのだろうか。
人間があまりにも長生きするようになったツケを僕らはほんとうにどうしたらいいのだろうか?

[PR]
# by jinsei-detox | 2014-02-13 19:39 | 社会