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心身に溜まった世の中の嫌な毒をデトックスしましょう。
by jinsei-detox カテゴリ
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2012年 04月 09日
ようやく春の陽気になりました。辛夷の花もまだ咲いているときに、桜が咲くなんて不思議です。桃の花も
驚くことに桃の花も咲いているのです。寒い春だったから一斉に花たちが咲き始めているのでした。 土曜日は少々曇り空で風もありましたが、まずまずの暖かさ。 僕はいつもの見沼用水沿いに新都心まで行き、折り返しは参道を通って戻るコースです。 やはり桜はいいものです。こころがぱっと開きます。 大宮公園は桜の名所。いるいる。みんな茣蓙を敷きお花見をしています。といってもみんなはまだ冬のコート を着ながらお酒を飲んだりしています。 2012年 03月 31日
ようやく春めいた空気になったようです。とにかく寒い冬でした。
最近僕は小津安二郎のDVDを立て続けに観ています。著作権がきれたのか9本で1980円という安さで購入できたからです。東京物語、麦秋、晩春、父ありき、風の中の牝鶏、一人息子、戸田家の兄妹、お茶漬けの味、長屋紳士録などが入っています。 戦前の古い映画も入っており、フィルムに傷がついていたり、音響が聞き取りづらいところがあったりで、少々鑑賞しにくいところもありますが、おおよそ小津の映画の基本が提出されていて納得のいくものになっています。 映画には戦前、戦後すぐの日本人が描かれいるのですが、その姿というべきか生き方がとても懐かしく感じられるのです。そしてなんといっても、原節子の笑顔の魅力はいまでも溜息がでるくらいに素敵なのです。昔の女学生気質とでも言っていいのか、汚れていない生き方が感じられます。 それから笠智衆のなんともいえないせりふ回しは演技というものを意識させない不思議な力があります。 若いころから父親役とか爺さん役をこなせるのも実に不思議な役者なのです。彼は老人の真似をしないで 老人を演じることができるのです。(ちなみに今NHKの朝ドラ『カーネーション」ば主人公のばあさん役を演じている夏樹マリの演技はその意味で典型的な駄目なそれなんですね) 笠智衆の演技の意味を知っていたからこそ小津監督は彼を使い続けたのでしょう。 それにしてもあの映画の中にいた俳優たちはほとんどがもうこの世にはいない。(原節子がまだ存命でいらっしゃるかな?)みんな歳をとり死んで行くんだなということを強く思ってしまった。 それにしても原節子はなぜ結婚しなかったのだろうか? きれいで 品格があって、明るくて、少しさみしそうで優しそうで、もう言うことなしの女優。 永遠の乙女は結婚なんかしてはいけないのだろうな。 小津安二郎の映画を観て、いまドラマチックな作品は観たくないような気持ちになっている。 彼の作品をもっと突き詰めたらおもしろいものが見えるのだろうな。 2012年 03月 19日
3月16日、吉本隆明さんが亡くなった。ついに吉本さんもあっちの世界に逝ってしまったかという感慨にしたっていた。お葬式に参列しようかとも思ったが、集まってくるだろうと思われる人々と顔を合わせるのがうっとうしく思えて、行く気になれなかった。もっとも僕は長岡にいて、お袋の案配をきにしていたときだったこともある。
副島隆彦氏から彼の葬儀に行かないのかという電話ももらったが、やめておいた。 吉本さんはお袋と同じ歳だったから、老いていく速度が手に取るようにわかった。 吉本さんは確かにいろんな人がいうように、ぼくら団塊の世代には思想的な影響を与え続けてくれた人だった。 吉本さんを始めて読んだのは、18歳になったばかりの頃で、友人が彼の素晴らしさを懸命に教えたくれたので、読んだのだった。以来僕もすっかりと吉本ファンになり70年、80年代をうろついてしまった。 僕が防衛庁の「セキュリタリアン」という広報誌のアドバイザーをやっているときに、吉本さんのインタビューを企画して、世間を驚かせた。ふつう処世にたけている左翼的知識人はみんな防衛庁の広報誌などと言うと、気を付けていろいろ言い訳しながら断ってくるのだったが、吉本さんは快く引き受けてくれたものだ。 あのお宅の部屋で熱く彼独特の平和論を語ってくれたのをいまでも声とともに覚えている。あの絶対的に孤独な革命家が温和に、ときには激しく語ってくれる姿に一緒に行った自衛官も感動していたのだった。 吉本隆明さんはどこまでもやさいい父親のような人だった。ただ偽物の知識人、反革命者にはどこまでも 厳しく弾劾せずにはならない人だった。 最近彼の熱心な読者とではなくなっていた僕ではあるが、老化というキーワードで、老人の身体は身障者の問題とことは同じなんだと言うことを云われたいたことがあるが、ご自身這うようにして日常を過ごされていたことを思うと、あのさっそうとした吉本さんとがどうしても相容れないことの無残さが老化という意味なのだと知らせれたのである。それは深い悲しみ以外なにものでもないのだ。 僕はいち大衆のひとりとして、吉本隆明氏の逝去を悼み、また悲しみのなかにいる。 2012年 03月 14日
いやあ、カッコいい!実にダンディだと深く唸ってしまった。なんの話かと言えば、1952年製作の大映時代劇「すっ飛び駕」のDVDを観たのでした。映像はフィルムの保管がよくなかったせいで、なんとも見づらかったが
それを上回る面白さでなんとも時代劇の面白さを堪能したのだった。 いやいや大河内傳次郎の「天保六花撰」でおなじみの河内山宗俊。これがまた堂に入って渋いというかダンディなのだ。子ども時代、東映時代劇のファンだった僕としては大河内傳次郎のことはしっかりと覚えている。 どんなお話しかというと、不正を告発しようとして殺された父の意思を継ぐために、江戸表の藩主の下を向かう若侍市之丞を河内山宗俊が救う筋立てである。 悪い家老たちを相手に歌舞伎の芝居仕立てで、科白をべらんめえちょうで吐く演技には思わず、かっこいい!とニヤニヤするしかない。あの昭和の時代の映画館のお客も待ってましたばかりに拍手を送っていたにちがいない。 幸せだった映画の時代だ。 観ながら作り手は才能ある人たちにちがいないと思っていたら、案の定、いやいやそれもそのはず、監督はマキノ雅広、脚本が伊藤大輔、カメラは宮川一夫といったメンバーだった。なるほどねとそれはそれは幸せな気分になったものです。 亡くなった淀川長治さんではないけど、「いやあ映画っていいものですねえ」と深夜独りごちて眠りにつくのでした。 2012年 03月 13日
先週の土曜日、東京文化会館でモナコのモンテカルロバレエ団の「シンデレラ」を観るが、どうも僕にはピンとこない。あとで作品に触れたいと思うけど、口直しで下の息子と「ヒューゴの不思議な発明」を観に行く。
久しぶりに映画を観て幸福な気持ちになった。息子も面白かったねと素直に評価していた。 1920年代のパリのリオン駅?の時計台の中に住む少年の話なのだが、この少年と出会う少女の爺さんがやはりこの駅の構内の中にあるオモチャ屋をやっている。この爺さんが本当言うと主人公と言っていいかもしれないのだ。というのも実はこの爺さんこそあの映画の父と言われるジョルジュ・メリエスだったのだ。爺さんは世間に忘れられ、自分も昔のことを呪っているくらいに激しく人生に怒っている。その爺さんの怒りを溶くことになるのが少年の存在であることが、わかる仕掛けになっているのである。 少年が亡くなった父の残していったゼンマイ仕掛けの人形を修理することに執念を燃やすわけだが、その行為が爺さんの過去をよみがえらせることにつながっていくからだ。つまり爺さんの人生を修復したのが少年の修復への情熱からだったのだ。 この物語はマーチン・スコセッシ監督の映画に対するオマージュなのかもしれない。この映画にフランス語が飛び交っていないのが残念だった。でもほんとうに楽しかったな。 2012年 03月 09日
三月の声を聞いたのになかなか今年は暖かくなりませんね。もうすぐ東北の震災時から1年になります。
あれから日本人の心の中にはえもいわれぬ不安感と焦燥感がくすぶっていると思われます。この国に対しての憤りも、自分たちの無責任さも含めてやるせない気持ちをどうすることもなく生きているわけです。 今朝のニュースでは立川で98歳の老女と63歳の娘さんがアパートの一室で死んでいたという。この種のニュースが毎日のように流れてくる。市の担当者は個人情報保護のもんだいや、行政上の権限のレベルで 部屋に入れなかったとか言い訳しているのだが、みんな自分の責任にならないようになにかのせいにしている。 もちろん役所の人の責任を取りざたするつもりもないが、いやな時代になったなあとみんな思っている。 だけどこれだけは言いたいのだが、役所は土日に仕事をしろと。なんでシフトを組んで土日にやらないのだろうか?普通の市民は土日にしか市民課にいけないのですよ。 ついつい不満が出てきますね。役所の仕事は役所の論理で動いているのを壊さないといけないですね。 なんだか大阪市長の橋本そんの声みたいになってきたようです。 介護疲れでどうすることもできなく誰の助けもなく死んでいってしまう人がいる国の有り様。まったく江戸時代ではありませんか。消費税や税金が上がって、そのような状況を救える制度をつくろうというなら、増税もこころよく我慢しようというものだが、ただの政府の無能のせいでつくった赤字の穴埋めのためにやろうとしているのだからふざけるなよといいたいのだ。 大マスゴミも政府の後押しを平気でやっているのだから呆れてものがいえないです。 最近小林正観という人「昨年亡くなった人)の本を読んで、不平や不満は口にしない方がいいかなと反省したばかりなのにやはり不満は出てきますね。 もうすぐ辛夷の花も咲く春がやってきます。ウキウキしたい春なのに! 2012年 02月 23日
朝の通勤電車でのこと、腰掛けて新聞を読んでいました。臭い!誰だ?屁をしたのは!
右隣は若い女性、左は30台くらいの男性だ。立っている人はおらず、犯人はこのどちらかに違いない。 まったく屁の臭いというのは、自分のものは結構許せるが、他人のものは許し難いものがある。 たぶんこの臭いの犯人は若い女性に違いない。なぜってこれは僕の勝手な類推なのだが、女性は便秘持ちが多い。それでお腹にガスが溜まりやすいのだ。スッーといつの間にか出てしまうのだ。どうだ!白状しろ! 横顔を覗くとすました顔をしている。あまり可愛い顔とは言えない。絶対こいつだ。こいつに決まっている。 この子にいま僕が読んでいる「for it life」の本を読ませたい。便秘などはこの本に書いてある食べ方ひとつでなくなってしまうのだぞ。いったいおまえはすました顔でなにを読んでいるというのか?まさか屁をしながら恋愛小説じゃあるまいな。まったく地獄に墜ちろ!親の顔が見たいというもんだ。 ほんとうに朝の爽やかな気持ちがいっぺんで吹き飛んでしまった。 でも最近なぜか多いんだな。電車の中で屁をするやつが。ほんとうに信じられないよ。その神経が! 2012年 02月 19日
以前会社にいたT君から勧められた「出版大崩壊」(山田順)を読んだ。電子出版およびデジタルコンテンツ等がいかに出版社の首を絞めるかという内容のものである。グーグルやアマゾンのデジタル攻勢で米国でも出版社に限らず新聞社をはじめとするマスコミ業界が壊滅状態にあると教えてくれる。
僕は大きなマスコミは危機状態になるだろうけど、うちのような弱小出版には逆にチャンスが訪れるような気になっていたが、そんな甘いものではないということがよくわかった。 日本でも新聞の購読者数は猛烈に減少し、情報という情報はいつの間にやら無料という構造ができつつある。 かつて音楽業界でCDの売れ行きがi-podやpcでダウンロードするようになるとほとんど売れなくなり、業界は瀕死の状態に追い込まれた先例があるが、出版もそのような状態になるというのである。儲かるのはグーグルやアマゾンのプラットホームだけだというのだ。 実に具体的な事例をあげて説明をしてくれているので、深くうなずくしかない。 彼は言うのである。巷にはくずのような情報がまかり通り、くずなブログや自費制作もののコンテンツに製作費をかけ、ち密な情報取りをした作品はそれらくずコンテンツと一緒にされて埋没してしまうのだと。 日本のアニメも製作費が出ず、すでにアジア各地で制作されているという。若い人の給料は10万円ほどで、ディレクターとて15万そこそこだという。 日本が誇るアニメ漫画なども無料や安いダウンロードに落とこめられて、再生産する余地がなくなっているのである。 とにかくIT産業の構造は猛烈な速さで変化している。これからどんな世界が待っているのか、まったく予想もつかない世界に突入するのだろう。 これからの産業構造、経済などまったくどうなるのか見当もつかない。それにしてもあっという間にすごい時代になったものだ。 2012年 02月 10日
最近ローザンヌのコンクールで1位になった菅井円加さんの取り上げ方をみて、マスコミというのは本当にアンテナの質が古いと改めて感じました。ちょっとバレエに知識があるからいうのではありませんが、ローザンヌというのは世界のバレエ界への登竜門でもなんでもないのです。現に欧州やロシアのうまい子たちは、ほとんど無視しています。あのコンクールに出ているのはアジアの子どもたちや本場でもあまり評価されていない子どもたちが参加していると聞きます。そのあたりのリアルな現状をまったく知らずに、ローザンヌ、ローザンヌというのはなんとなく恥ずかしい限りです。
バレエはだいたいフィギアスケートやゴルフと違いますので、17歳の高校生が優勝!みたいな騒ぎ方をしているのをみると背中がかゆくなるので、マスコミ(またの名をマスゴミというらしい)はもう少しまじめに世界の状況を勉強すべきでしょう。これはなにもバレエの世界に限ったことではありません。 経済のことでも消費税のことでも、まったく不勉強極わまりありません。 なんだかほんとうに日本人というのは馬鹿になったようで情けありません。アメリカの大学に留学している日本人の学生は韓国や中国人から馬鹿にされているということをよく聞きます。 なんでそうなったの?(欽ちゃんふうに) 2012年 02月 06日
江ノ島の富士見亭という食堂で亡くなった友達の渡海忌が行われた。渡海とは友人の俳号である。
江ノ島の山の頂上近くにその店はあり、江ノ島の海が一望できる店だ。富士山を眺めることができるから富士見亭という。集まったのは4人。12時からビール、焼酎を飲みながら、友人を偲ぶのである。 故人は骨髄ガンというやっかいな病気で、猛烈な痛みと戦いながら逝ってしまったのだ。今年で7年目になるから本当に早いものだ。 「やつは俺たちの老後の面倒をみてやる」と口癖に言っていたのに、自分の方が先に逝ってしまったから、みんながっくりだった。お酒も下戸のくせに、いやがりもせず付き合ってくれた。面倒見がよくて、みんなから慕われていた男だった。 「それにしてもこんなふうにみんなから慕われて、集まってくれるなんてたいしたやつだよな」 何度も何度も呂律の回らなくなった口ぶりで酒盛りは続く。 それから酔った足取りで、山を降り、2軒目にはしごとあいなる。 久々に酔い、どうやって帰ってきたのか思い出せないのだからまったく!
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