心身に溜まった世の中の嫌な毒をデトックスしましょう。


by jinsei-detox

遅ればせながら1Q84を読んだぞ

 村上春樹を読んだのは何年ぶりだろうか。確か「東京奇譚集」という短編集を読んだのが最後だったような気がする。僕は特別な村上春樹の熱心な読者ではないが、彼の初期の作品には癒された思い出がある。まあそれは別にして、久々の現代文学に触れて、というのも僕はずっとこのところ佐伯泰英の時代小説のなかをウロウロしていたので(「居眠り磐音・江戸双紙」は30巻目に至った)物語の質の違いを当然のように実感してしまった。
 村上春樹の「1q84」という作品はなんと200万部くらい発売早々に売れたという。いつか古本屋で安く出回ったら話の種に読もうかという気持ちだったが、会社の若い女性が彼のファンで、貸してあげるというのでだったら今読もうかということになったのだった。
 僕は浅田次郎をよく読んで泣いたことがあるけど、村上春樹はビールを飲みたくなるけど、泣きたくなるということはない。でも「1q84」は恋愛小説だ。現代の愛はこのような表現でしか成り立たないと僕は思う。もちろん物語の中の恋愛は普通の意味で成就しないし、やはり泣かせてもくれない。とても知的で情緒に訴える要素がないからだろう。でも感心することに彼の小説にはセックスシーンが多くなった気がする。しかも情緒のこもらない存在の不安に対する対処のようなセックスである。主人公の一人である天吾という青年は人妻と不倫でのセックスをとても気持のいいものとして考えているがこの二人とて恋愛のセックスとは異なっている。
 村上春樹は僕と同じくらいスケベな親父になったからこんなシーンを沢山描くようになったのだろうか。描いたからといってその場面が劣情を催すような描き方でないのは自明なのだが、この辺が堂々と描いている感じがあって、なぜかわかるわかるという気になるのだが、本当のところはよくわからない。
 それにしても時代小説の中の主人公、たとえば磐音とおこんの恋愛は素直な情緒100%の恋愛であり、安定しているからこそ痛快なチャンバラが楽しめるのである。
 僕が言うまでもなくこの二人の著者は超ベストセラー作家であり、どちらも時代の要求をかなえる才能をもっているわけだ。
 僕は読みかけの「海辺のカフカ」を読み出したりしている。また電車の中では佐伯泰英の文庫本を読んでもいる。現代人は揺れているのです。
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by jinsei-detox | 2009-09-22 19:31