心身に溜まった世の中の嫌な毒をデトックスしましょう。


by jinsei-detox

長岡甚句におもわずほろりときた

下の息子を誘って「山本五十六―戦後70年目の真実」を観た。
 山本五十六は我が郷里の偉人であり、我らの母校の大先輩でもある。
 母校の講堂で僕らの剣道部と柔道部は稽古を行なっていたのだが、この講堂には河井継之助と山本五十六の肖像画が飾られていて、僕らは出入りのたびに一礼をしたものである。
 山本五十六については子どものころから、彼は戦争に反対した人であるが、やもうえず戦うなら短期決戦で講和に持ち込みたいと願っていた人であると聞かされていたものだった。
 映画の原作は半藤一利という人で、文芸春秋社の編集長や役員をしていた歴史評論家である。彼は子供のころ長岡に疎開していたことがあり、そのせいで山本五十六びいきであることは知っていた。
 僕も仕事でお会いしたことがあった。
 映画には長岡のことが沢山でていた。五十六が唄う長岡甚句にはついほろりと来た。
 まあそのような入れ込みがあったせいで僕は胸熱くして観たのだった。

 「つまらなかったな」観た後の息子の開口一番だった。
 「そうか、詰まらなかったか」
 「中途半端だったもの」
 「確かにドラマとしては、人を引き込ませるストーリーではなかったし、エンターテイメント性に欠けるものがあったかもな」
 「海軍内の対立している問題もよくわからなかったし、日本の社会状況も新聞記者のマスコミだけで済ませているようなところがあって、なんなのかよくわからなかった。それになんで山本五十六がラバウルからブーゲンビリアにみんなから反対されているのに出かけて行ったの?自決だったら無責任じゃないの?」
 確かに山本五十六は死を覚悟して出かけたとされているが、あれが責任のとり方だとしたら無責任といわれるのだろうか。
 歴史にはたらればはないのだが、映画にも出てくる南雲一忠中将の不可解な行動がなければ、山本五十六の思い描く戦争になれたのかもしれなかった。海軍の中の派閥や思想の違いが無念な歴史となったことを映画も描いていた。
 それにしても映画館の中は中年や高齢者のひとたちだけだった。若い人が見当たらなかったことが残念だった。
「観るわけないよ。つまらないものあの映画は」
 息子はそう言って肩をすくめた。
 
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by jinsei-detox | 2011-12-24 23:43