心身に溜まった世の中の嫌な毒をデトックスしましょう。


by jinsei-detox

女の復讐劇「マレフィセント」にしびれました

ディズニー映画「マレフィセント」を観た。「眠れる森の美女」を下敷きにした物語で予告編も面白そうだったからだ。
最近ディズニー映画といえば「アナと雪の女王」を飛行機の中で観て、こういう映画が200万人動員するのかとため息をついたことがあったので、さてこのディズニーはと興味深々と言ったところだった。
 従来よく観るバレエ「眠れる森の美女」はチャイコフスキーの優れた音楽で、王子様のキスで100年の眠りから蘇る愛の物語ということなのだが
「マレフィセント」を観て、なるほどそうだよなと確信したものがあった。
というのもどのバレエを観てもなぜオーロラ姫の誕生パーティで招待されなかったカラボスという魔女があんなに怒り
オーロラ姫の16歳の誕生日に紡ぎの針にささり100年の眠りにつく呪いを掛ける必要があるのか、いまひとつピンと来るものが
なかったのだった。たかだが招待状をもらわなかったぐらいで、そこまで怒る?ってね。
カラボスつまりあの映画ではマレフィセントなんだけど、彼女の怒りの原因はオーロラ姫の親父に騙された恨みがあったのだ。
つまり男に騙された女の復讐ということがわかった。つまり16歳という歳は少女が女に変わる年齢でもあり、恋をはじめる年頃だということを知っていたからだ。
 このマレフィセントをジョアンナ・ジョリーが演じているのだが、彼女の孤独な
感じがとてもよく描かれていた。
この映画もそうだったのだが、この物語の面白いところはお姫様と王子様の永遠の愛を描いていないところなのだ。確かに王子様が現れて眠っているオーロラ姫にキスをするのだが、その愛の威力は通じなかったのだ。
 考えてみれば一目ぼれというのは確かにあるのだろうが、真実の愛というコンセプトに適うかとなると、首をかしげざることもあることはリアルに納得できることだ。

オーロラ姫を救うのはなんと呪いを掛けた本人、マレフィセントだったというのがこの物語の新しさであり、納得できる話になっている。
「アナユキ」もそうだったが、このところのディズニー映画はお姫様と王子様の愛を描かなくなっている。それが現代の共感する物語なのだろうか。

 もうディズニー映画は子どもが観る映画というコンセプトでは作らないのかもしれないね。それにしても古い物語(神話も含む)というのはいろいろな人間のドラマが樹木の根っこのように土中に張り巡らされていることなんだと改めて感じたね。「白雪姫」「シンデレラ」「赤ずきん」などをさまざまにリメイクできそうだ。
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by jinsei-detox | 2014-07-28 22:31 | 文化