心身に溜まった世の中の嫌な毒をデトックスしましょう。


by jinsei-detox

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  久しぶりに床屋に出かけた。だいたい日曜日の午後の時間になるのだが、今日は一時間近く待たされてしまった。床屋で1時間も待つなんてまったくもったいない時間だ。だいたい僕は子どもの頃から床屋というのが好きじゃなかった。(床屋の好きな子どもなんているわけないだろうが)だいちこの床屋でなければならないという必然がないのにである。いつも新しい床屋を探しているのについやはりいつもの店になってしまうだけなのだ。(これが悔しいのだ)
  さて椅子に腰掛けると今日はどんな風にしますかって必ず聞いてくるけど、耳にかからないぐらいにしてくださいとこれまたいつもと同じように答える。ほんとうはどういう髪型が似合うのかわからないのである。若い頃は流行もあって長髪にしていたが、35才当たりを過ぎた頃からふつう?の髪にした。
  でも床屋に行ってこの髪が自分に似合っていると思ったためしはないのである。だいたい自分の顔を鏡で見ること自体がとてもいやなのだ。僕はだいたい眠ったふりをしている。
  それにしてもお客の中には床屋の理髪師とよく話をしている人がいる。昔から床屋政談という言葉があるくらいだから床屋で社会や政治ごとを話し合うのが好きな人がいるのである。
ほんとうにおしゃべり好きな人なのか、今日なども右のお客も左の客も実に自然に話をしているのである。そんなに歳を取った爺さんなどではなく僕よりも若い人たちがである。僕なんかよほど関心のあることでないと、身を入れた話など出来ないのに器用なものだ。幸い僕の頭をいじっているのは店の奥さんで、この人は無駄口を叩かないというか無口な人なので僕にはありがたかった。
  僕は思うのだけど音楽が流れている床屋はないものかしら。演歌専門の店とかクラシックとか懐かしのポップスとか、そんな店があるんなら多少腕の上手下手は関係なくきちっと迷いなくその店に通うと思うのだけどな。オペラを歌う床屋さんというのも悪くはないと思うけどね。
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by jinsei-detox | 2007-01-29 01:01

お酒は熱燗の二級酒

  京都の友人と飲んだときも話に出たのだったが、僕が最近、二級酒のお燗がなんとなく好きになったと言ったら、彼もそれはわかると頷いてくれた。しかし、なんでだろうな…
  昔、おやじがやはりそうだった。もらい物の大吟醸や吟醸酒があってもおやじは朝日山の二級酒を燗をして飲んでいた。僕は生意気にもおやじは酒の味がわかっていないんだなとバカにして、これ幸いとその吟醸酒をありがたく頂戴したものだったが、どういうわけか僕も朝日山の燗酒がうまいと思うようになってきている。
  やれ、山廃のなにがし、緑川酒造の大吟醸だ、一ノ蔵の大吟醸、久保田の万寿、高知の酔鯨だとかいいながらも、節操もなくいつしか焼酎派に変わっていったのだった。もっともいっときはスコッチのモルトウィスキーをバーのカウンターでいろいろ試していた頃もあった。グレンリーベットはなんとなく正妻というより、高級娼婦の趣があるなあなどとわかったようなことを言っていたこともある。品があるのはグレンモランジだなとかね…
   そんなことをのたまわっていた僕がですね、二級の熱燗がいいなあなどとなぜ思うようになったのだろうか?もうマルくなった爺だっていうことなのかな。それだったら困るんだけど、なにかもうちょっといい解釈ってものがないものだろうか…人生の深みがわかってきたんだとか(まさかね)
  まあいいか、またきっと僕のことだから趣向は変わっていくはずだから…
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by jinsei-detox | 2007-01-24 19:34

お酒を飲んでの健康談議

京都の大学病院にガン治療のために入院している0さんを装丁家の友人と見舞いに行った。
0さんは劇作家で演出家でもあり、今は京都の大学で教鞭を執っている。
0さんは割と元気にされていたが、あまり長居はできないので二人でそこそこに辞した。
「明日があるから今日はほどほどにな」などとどちらからともなくもっともらしいことをいい、彼の知っている店にすべりこんだ。観光客が行かないいいお店だった。酒の肴もいい。
「ストレスが貯まったんだろうか…」
「大学の教授もサラリーマンだからな」
「病院にかかってガンが治ったって言う話はないからな」
「お互いにまだ仕事もしなくちゃならんわけだから体には気をつけないとな」
そんな話題をしている最中に装丁家の彼が呼んだ出版社の男も加わり、次のお店に行こうかということになったのはごく自然な成り行きだった。で、その彼の友人の河原町近くのなじみの店にいくことになる。そこでイキがますます上がり
「やはり、先斗町に行こうか」ということで3軒目。もう彼の帰宅の電車はとうにない。
しかし、さすがこればかりは歳の功、ちゃんと僕の泊まるホテルに僕の友人も予約は入れてある。その頃はすでに自分たちがお見舞いをしてきたなどという神妙な気持ちなぞ忘れてしまっている。友人がコンビニで買ってきた缶ビールをホテルでの部屋で空けて、そろそろ寝ようといったのが2時を回っていた。
翌日はもう苦しいなんてものではない。こんな呑み方は30代で卒業のハズだった。まったくあきれた健康談議のうえの酒である。僕は新幹線でほうほうのていで会社にたどり着く。
互いにバツが悪いので夕方、またたまにはやろうななどと電話をし合うのであった。
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by jinsei-detox | 2007-01-20 15:47

参道の片隅にて

  新年おめでとう。
  下の子を連れて、大宮にある氷川神社に参拝に行ってきた。
  すでに夜の帳が降り、屋台のお店には灯りがともっている頃であった。さすがに武蔵一宮だけはあって正月が4日に入っても参拝者の列に隙間がないほどである。参道の屋台も日本有数の出店の数だろう。たこ焼き、イカ焼き、ダルマ屋、的井屋、仮面屋、今川焼き、広島焼き、じゃがバター屋、チョコバナナ屋、焼き鳥屋、焼きそば屋、チキンステーキ屋、カステラ屋、鯉店(鯉のぶつ)等等様々な店がある。僕らは参道の端テントを張って店を出している焼きそばのテーブルに席を取り、子どもは焼き鳥とイカ焼きを注文し、 僕は熱燗をチビリチビリやっていた。
  参道の屋台で飲む酒というのはなぜこうもうまいのだろうか。酒は1合瓶に入ったまずいお酒なのに、どんなに高級な割烹で飲む大吟醸より、僕には美味しく感じられるのだ。「パパも食べなよ」と手渡される焼き鳥も格別美味しいのである。
  神社に集う人々の姿、参道を照らす屋台の灯り、日本だなあと感じられるのだ。僕はこれらの光景のなかで、自分が大衆の一人であることに本当に安らぎを覚えるのだった。
  大げさに言うとこういう時間をより楽しむために、あえて外国を旅するのもいいんじゃないかと思ったくらいだった。侘びしくて、懐かしくて暖かい光の中、人々の流れを眺めながら一杯やるというのは最高だ。酒好きの友が一緒にいれば尚楽しめるだろう。
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by jinsei-detox | 2007-01-04 19:41