心身に溜まった世の中の嫌な毒をデトックスしましょう。


by jinsei-detox

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悔やまれるオヤジの死

  オヤジが亡くなった。運よく息を引き取るときに、傍にいてやることができたことがなによりだった。オヤジの様態が急変したのは、二酸化炭素がたまって呼吸がうまくいかなくなったからだという。喉に痰がからまり、それをビニールパイプを鼻と喉に突っ込み取り除く処置は胸が張り裂けそうなほど見ていて辛いものだった。
 オヤジは3ヶ月の入院中、水と食事をとれず点滴と胃ろうで栄養をとる状態だった。水や食べ物は誤嚥性肺炎になるからだという。実際、誤嚥性肺炎を繰り返した。胃ろうをすると呑み込む能力を喪失してしまうようだった。病院を退院して施設に移っても、ずっと胃ろうで過ごすことになるということだった。辛い話だと思っていた。
 オヤジの息が徐々に弱々しくなって、息を吐くことができなくなってくるのが如実にわかった。僕は手を握り「オヤジオヤジ」と呼びかけたが反応はなかった。ただオヤジの目にうっすらと涙が滲んでいた。オフクロも妹も啜り泣いていた。亡くなったのは夜中の1時28分だった。
病院は手際よく、処置をし、オヤジを白地の着物に着替えさせた。そして病室をすぐさま手渡すことになった。手配した葬儀屋はやってくると遺体を自宅まで運んだ。あんなに家に帰りたいと言っていたオヤジは畳の部屋に身を横たえた。そのそばで僕と葬儀屋は翌日の葬儀の打ち合わせをした。
つらつらと思うに、僕が知っている人で病院に入院して治った人は一人もいない。ほんとうにどういうことだろう。一連のオヤジの治療行為を考えてみてもいろんな病気が併発されていたからこれといった治療方法はなかったのかもしれない。でも病院でなされたのは治療と言うよりも生命維持に費やされる処置の連続という感じだった。痰が詰まっていればパイプで抜き取る。食べられなければ胃に穴を空けて栄養液を注ぎ込む。そして生命のエネルギーが低下し死に至る。
 医者の言い分は息をしている患者がいるかぎり、その息をできるように処置をしなければならないという行動原理なのだ。わかるようにも思うけど、もっと死をどう迎えさせてあげるかという視点があってもいいのではないだろうか。
  いまさらいっても遅いけど、はじめからホスピス医療に向かえばよかったのかもしれない。そう長くないと言うことがわかっていたのだから。死を準備してゆく医療であれば、もっともっと自然に死なせてあげることができたかもしれない。そのことが本当に悔やまれる。
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by jinsei-detox | 2007-11-30 13:46

ラップっていいもんだね

 いままで大きな誤解をしてました。日本のラップ音楽なんて猿まねかと思っていたんだけど、偶然に聞いたk ダブシャインの「ソンはしないから聞いときな」に思わず感動してしまった。
 この危険なおかしな社会に、変な大人に「注意深く生きよう」と子どもたちにメッセージを送っている歌だ。そして「夢を見つけることができれば、なんだってやれる。なんだってなれる。強く信じれば頑張ってられる」と繰り返す。
 ラップがこんなにめーセージを届けることに長けた音楽だとは思っても見なかった。説教じみていなくて、いろいろ社会の悪そのものを見てきたお兄ちゃんが、絶対ヤクをやっちゃいけない、自分の夢が壊されてしまうからなとやさしく諭しているのがいい。この曲を子どもたちが聴きながらヒップホップするなんて最高に楽しいはずだ。
 で、僕はこの曲をきっかけにいろんなラップを聞き始めているけど、なかなかいいもんだね、ラップって。
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by jinsei-detox | 2007-11-18 23:29

あの守屋さんが

 今マスコミをにぎわせている元防衛省事務次官の守屋武昌さんを証人喚問の映像などで見る度に奇妙な感慨を覚えることがある。というのも昔、僕は40代のころ防衛庁の広報誌を広報課の自衛官と一緒に作っていた頃があった。セキュリタリアンという月刊誌なのだが、当時官庁のしかも防衛庁のPR誌としては奇抜というか、物議を醸し出したこともある、とかく話題になったものだった。
たとえば戦車に水着のモデルを乗せた写真を掲載したり、吉本隆明をインタビューで誌上に登場させたり、松岡正剛に防衛問題を語らせたり、浅田次郎に自衛隊時代のことをインタビューしたりで結構、僕は面白く仕事をさせてもらったのだ。そのときの広報課の課長が元柳沢審議官であり、そのあとが守屋さんだった。柳沢さんも、守屋さんも大概僕の企画を許容してくれた。
 二人とも仕事がわかっている人だった。とくに守屋さんは豪放磊落といった趣の人で、芸者遊びなどできる官僚だった。人望もあったし、度量も広かった男に見えた。名前は控えるが、そのあとの課長は保身に気を使う普通の役人だった。雑誌も段々と当たり前の官報に近づくような内容に仕向けられていった。つまりチェックをこと細かく入れられマスコミを刺激するようなものは控えさせられた。僕はだんだん仕事が面白くなくなり、まあことの序でに辞めることになったのだった。
 そのあと噂には守屋さんがすいぶん出世したとは聞いていたが、彼が事務次官になったと聞いたときは、防衛庁は仕事ができる男がちゃんと評価される組織なんだと感心したのだった。いや正直にいえば当時防衛庁は3流官庁といわれたり、自らそう卑下してきたのだったが、3流官庁だったからこそ、力を発揮できたり、評価されたのかもしれないと思うこともあった。
 それにしてもこのマスコミの動き方はちょっと異常なものがある。ある週刊誌では第2のロッキード事件に発展するものがあると報じていたが、となれば火付けは米国ということになる。いくらいけ好かない小池百合子先生がシタタカナ女性であるとはいえ、そこまで仕掛けを張るとは思えない。誰がどのような目論見で今回の件をリークしたのか真相はわからないが、どうして今の時期に防衛省の数々の問題が起きてきているように見えるのだろうか。
 それにしても守屋氏のあの頑丈そうな姿が不思議なもので、かくも痛々しい弱い人間に映ってしまうのは不思議なものだ。彼自身が栄枯盛衰の感を噛締めているのではないだろうか。本当に人生何があるかわからない。
 だけど国会喚問に清廉潔白なお役人なんているわけないのにあたかもあなたの官民癒着は国民の怒りの頂点に達しているとほざく議員の台詞には笑ってしまったね。
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by jinsei-detox | 2007-11-06 19:44

東スポはいいね

 先日見出しのコピーに惹か‴れて会社帰りに東スポを久しぶりに買った。
 アントニオ猪木が東スポで亀田一家のことを書いた記事だった。
 大見出しは「亀田父は悪くない!!」小見出しが「偉そうな評論家が国民に謝れだと?こちとらスポーツだぜ,イヤなら見なきゃいい」とある。猪木は別に亀田父に肩を持つわけじゃないとしながらも、要は本来なら世界チャンピオンに挑戦できる立場でないWBC15位くらいのガキをJCBもWCBも認めたというのがおかしいのであって、それをあの家族に責任をすべて押し付けていると批判している。アントニオ猪木はあんな興行組織ではなくIBFやWBOとかで再び世界を目指せといっている。
 この記事を読んで僕は猪木を見直した。「プロ格闘技は観客を集めたヤツが正義であり権威」だという。この見解は嘘がなくていい。「亀田一家にはガラになくペコペコ謝罪したりしないで、この騒動をたくましく逆利用してほしい」と応援するのだった。
 ほんと猪木、君はすばらしい。こういった記事を載せる東スポもいいね。
 すばらしいといえば長男興毅の記者会見もそうだった。必死で父のことを尊敬していると訴えている彼のあの眼差しにはほんとうに感動した。20歳の子があのどうしようもない連中の集中砲火を浴びながらのインタビューをじっと耐えていた姿に僕はいても立ってもいられない気持ちになっていた。
 まあ確かにマスコミに踊らされて少し世間を甘く見てしまったということもあるだろうが、あの子は修羅場をひとつ乗り越えたなという感慨を持った。誰にも文句を言わせないような本当の強いチャンピオンになってほしい。そうなればまたあの汚いやつやらが女衒のようににじり寄っていく姿が見え見えで、すっかり自分のことを忘れてちょうちん記事を書くに決まってるけどね。
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by jinsei-detox | 2007-11-05 19:22