心身に溜まった世の中の嫌な毒をデトックスしましょう。


by jinsei-detox

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目まぐるしく乱立する党の選挙態勢が変化してきています。
 おおっ!と思ったのは滋賀県知事の嘉田さんが新党を作り、そこに小沢一郎さんが合流して一緒にやることになったことです。脱原発を卒原発と言い換えているセンスを僕は買います。ただやみくもに脱と理想論を振りかざすよりもずっと現実的だからです。女性の力をもっと活用しようという発想は彼女だったらなんだか信用できそうな気がします。というのも後ろに控えているのが実力者小沢一郎だからです。
 あまっちょろい理想論はほんとうにもう沢山という感じですが、実力者小沢一郎が言うのですから信用したくなるというものです。ただ「品格ある外交」と彼女が掲げたのですが、それはなんのことか僕には分からない。
 まあとにかく不思議なことにほっとした感じになっています。というか嘉田さんに期待したいのです。
 呆け爆走老人とテレビ芸者にはどうしても期待できなかったからです。
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by jinsei-detox | 2012-11-29 19:25 | 社会
 衆議院が解散して,目下マスコミは選挙の動向を特集しているようですが、なかなかその本質が
伝わってきません。本質というのはなぜここで解散だったのかということと、この選挙はなにを目指させられているものかという大きな視点がないように思われるのです。
 民主党と自民党と第3極の12の党が乱立している訳ですから、どこに票を入れていいのかまったく困惑してしまうような選挙です。
 昔の全学連非主流派の乱立するセクトのような有り様を彷彿とさせます。
 それにしても民主も自民もノンといいたのですが、ほんとうにだったらどこだという確信がもてないのが実情です。
 でも僕はだいたい決めてはいるのですが、選挙結果は自民党が票を伸ばすのではないかと思うと、ため息を今からつきたくなるような気持ちがします。民主党などは本当は全員落選ということにでもならないとスキッとしませんね。
 とにかく自民党でなくても憲法は変えなくてはならない。これは絶対です。道州制も賛成です。
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by jinsei-detox | 2012-11-26 20:03 | 社会
 日曜日に息子が借りてきたDVD。「the fall]日本題名では「落下の王国」を観た。いや久々にすごい映画を
観た。何度もなんども作家のものつくりの手つきにため息をだすほど共感したのだった。
 監督はインド出身のターセム・シン。美術映画を観ているような美しい映像でありながら、フォンタジーに込められた壮大な人間のドラマ。どこからどう話していっていいのか映画を見終わった後の幸福感が話をさせることを禁じているような気持ちになっている。
 この映画は4年かかって世界の24カ国で撮影しているという。このお伽噺を大いに味付けしているのは衣装デザインの石岡瑛子の能力にも寄っている。それになんといっても主役の無名の少女がほんとうに可愛くて見ていても思わずニンマリとしてしまうくらいいいのだ。演技ではない演技をターセム・シンが演出しているのだ。そうだなこの映画を観終わって、なんだろうこの面白さはと考えて、しばらくしてから、これはアラビアンナイトの面白さだと気づいたのだった。
そうそう、映画の全編を流れるベートベンの交響曲第7番の第2楽章がなんともいえない雰囲気を醸し出していたことを付け加えよう。
 映画のストーリをウィキペディアの掲載していたものを引用しよう。

 1915年のロサンゼルス。無声映画のスタントマンをしていたロイは、撮影中に大怪我を負い半身不随となる。挙げ句の果てに主演俳優に恋人を奪われ、自暴自棄になっていた。
そんなとき入院中の病室に現れたのは、オレンジの収穫中に木から落ちて腕を骨折して入院していたルーマニアからの移民の少女アレクサンドリアだった。ロイは、動けない自分に代わって自殺するための薬を少女に盗ませようと思い付き、アレクサンドリアに作り話を聞かせ始める。それは一人の悪者のために、愛する者や誇りを失い、深い闇に落ちていた6人の勇者達が力を合わせ悪者に立ち向かう【愛と復讐の物語】。しかし、少女を操るためのたわいない寓話は、いつしか少女に希望を与え、やがて自分自身をも救う壮大な物語へと広がっていく。
  
 とにかくDVDでこれだけ感動するんだから、映画館で見た人は幸福な人だ。でもこの映画あまり広告もしなかったせいでひっそりと上映されたという。インド・英国・米国の合作でターセムが資金作りなどすべてやったという。本気の情熱を見せられたね。すごいよ。情熱というのは!才能というのはその次に来るんだな。
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by jinsei-detox | 2012-11-13 18:54 | 文化
 いつからその姿を見かけるようになったのか、はっきりとした記憶はないが、三匹のよれよれの老犬を散歩に引き連れている老婆の姿を目にして、歳をとったら大変だなと思ったことがある。
 犬もなぜ散歩に出かけるのか分からないという目をしていたし、ばあさんもほんとうにしんどそうな歩き方だった。ところが久しぶりにその婆さんを見かけたのだが、犬は一匹しかおらず、その犬も歩くのがよろよろしているのだった。もちろん婆さんも三メートルほど歩くと休んでいるといった感じだった。その風景を見ていて、僕は何とも言えない気持ちになった。彼女らも昔は若かっただろうし,犬もはつらつと元気いっぱいに歩いていたに違いない。
きっと婆さんはその犬と一緒に暮らしているのだろうけど、一匹一匹死んでいった時はどんな思いで亡骸を始末したのだろうか…
 
 むかし、学生の頃、イタリアの戦後リアリズム映画の代表監督であるヴィットリア・デ・シーカの「ウンベルトD]という映画を観たことがある。その映画のせいで老人と犬というのはとても絵になるものだと感じたことがあった。老人と言っても爺さんである。年老いた爺さんと年老いた老犬の話だった。人生の悲哀を感じさせてくれたことを覚えている。
 爺さんと犬というのは戦い済んだ後の静けさを感じさせるが,婆さんと犬というのはなぜかまだまだ戦闘中という感じがあるものだ。
 あの婆さんと犬はどっちが先に倒れてしまうのだろう?一緒に亡くなったらいいのにと僕は秋深まる季節に
自転車をこぎながらそう思うのだった。


 
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by jinsei-detox | 2012-11-09 19:55 | 日常