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心身に溜まった世の中の嫌な毒をデトックスしましょう。


by jinsei-detox

あっぱれ有為の人となり

 久しぶりに母校の東京支部の同窓会に参加した。今年の当番幹事は昭和52年度卒の人たちだった。彼らの頑張りで参加人数は630人ということだった。最長老は昭和7年卒の95才。この方が乾杯の音頭を取ったが、しっかりとした祝辞で本当に感心してしまった。
 我が同期は10人。みんな何処かで見たことがあるような顔ぶれだが、名前がわからない。やがて酒を交わすうちに昔の面影を重ねつつ名前を確認し合うのだが、なにしろ我ら団塊の世代であってみれば学級数も多く、知らない男もいるものである。まあ思い出さなくても、何度か校歌や応援歌を歌わされているうちに、いずれも少年時代に戻ったような気がして、みんな仲間だったという陽気さが場内を満たしてくる。聞けば懐かしい方言もテーブル上に飛んでいる。
  それにしても第1校歌、第2校歌、団歌、応援歌が5つ、出塞賦が2つ、凱旋歌、閉戦歌、などのそれぞれが長い歌があるが、入学式が終わった翌日から、応援団の怖い先輩の指導(恐怖の歌唱訓練)でみっちりと体に仕込まれた。その日は3つ歌わされたが、お陰で今でもスクリーン上に歌詞が出てもすらすらと記憶が蘇るのだった。僕はあの当時も閉戦歌が好きだった。

 紫紺の連山日に映えて
 蒼茫平原暮れゆけば
 その日振るひし我が友の
 心の中ぞしのばるる

  閉戦歌はふつう試合に負けたとき歌ったから、だいたい学校のスポーツは負けることが多く、みんなこの歌はよく覚えているのではなかったろうか。
  だいたいが応援歌の歌詞の文脈は戊辰戦争の長岡藩の若人たちを励ますようなイメージになっている。たとえば出塞賦ではこうだ。
 嗚呼黎明来たる黎明来たる/暁の鐘殷々/
 兜城下に鳴り響く/門出の朝祝ふかな

 歌っていると、不思議と心になにか奮い立つものがある。司馬遼太郎描でおなじみの河井継乃助率いる藩のもののふの戦いぶりが下敷きになっており、その敗戦の悔しさと復興を伝統として我らは生きるべしというふうになっているので、多分に同調するのであろう。
  会も幕を閉じ、帰り道、酔った足取りで自然と口ずさむフレーズがあった。
 あっぱれ有為の人となり/世に大業を成し遂げて/我が中学の誉れをば/末代までも伝え/
 末代までも伝えなむ

 あっぱれ有為の人となりかあ、そんなふうに無邪気に歌える頃はよかった。でも歌のようにきっと有為の人になった人たちも多くいるにちがいない。自分のことを振り返ればまだ自分のことに精一杯で世の中のためになにひとつ有為なことはしていない。いつかいつかなせると良いのだが…そんなことを思いつつ、電車の中で居眠りするのでありました。みんなまた来年あろうななどと誓い合って別れたが、また会えるのはいつのことかわからない。歳をとると同窓会というものはお風呂と同じで入るとなかなかいいものである。
by jinsei-detox | 2007-04-23 08:07