心身に溜まった世の中の嫌な毒をデトックスしましょう。


by jinsei-detox

どんぐりころころ

  朝、犬の散歩をするのが僕の一日の始まり。家の近くの雑木林にでかけ、眼下に広がる見沼田んぼの風景を見るのがとても心地いい。今はコスモスの花ざかり。三反ばかりの畑に薄桃色に煙るように咲いているコスモスが僕の気持ちをやさしくしてくれる。
雑木林のなかも秋がいっぱいだ。ドングリがあちこちにたくさん転がっている。ときどき雨のようにパラパラと頭に落ちてくることもある。樹が実を遠くにはじくのだ。

どんぐりころころ どんぶりこ 
小池にはまってさあ大変 
ドジョウがでてきてこんにちは 
坊っちゃん一緒にあそびましょ

 子どもはどうしてドングリが好きなんだろう。息子もよくポケットいっぱいに拾ってきたものだ。でもドングリで特別なにか遊んだということもはないようだ。ときどき、こどもの部屋の隅からドングリを見つけることがあるが、ビー玉のように遊び道具にならないからいつか関心ごとの外に置かれたしまったのだろう。でも林でドングリを見かけると、かならず拾うのは不思議な習性だ。きっと人類のDNAに組み込まれているのかも知れない。昔食べ物に危機感を持っていた頃、ドングリを摺ってその粉を食べていた記憶があるからだろうか。

どんぐりころころ よろこんで
しばらくいっしょに 遊んだが
やっぱりおやまが恋しいと
泣いてはドジョウを困らせた

 おやまが恋しいからといって帰れるわけじゃないのにドジョウを困らせるのがおかしい。宿命に逆らおうとして泣いている。まさか大正時代の新兵さんに身をたとえているわけでもなさそうだ。子どもに歌って聞かせる歌としてはどんなつもりの内容だったのだろうか。 
この童謡は作詞が青木存義(ながよし)作曲が「城ヶ島の雨」で有名な梁田貞だそうである。大正十年「かわいい唱歌」に発表された歌だという。
  実に変な歌だけど、かわいい歌にちがいない。
  雑木林を散歩する度に、どんぐりを拾い、息子たちの小さかった頃を懐かしむ朝であった。
 
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by jinsei-detox | 2007-10-25 16:13